「不思議なふたり 4」 『少年と怪物』

少年の画像 『少年と怪物』
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※表紙画像 photo by Pexels

『少年と怪物』


四月


「不思議なふたり 4」


「も、もう手加減しねえぞ。次は、は、鼻だ」

 顔面を紅潮させた考が、手首の痛みに顔をゆがめながら言った。
 考はふっふっと荒い息をつき、上体を伸ばすと、もう一度右拳を見舞おうとふたたび腕をひいた。

 
 その瞬間だった。


 少年がはじめて動いた。

 体がすっと沈み、前に飛びでた。


 江利には、ロケットが飛びだすような動きに思えた。

 

 お寺の鐘を突く棒でもくらったように、考が両手を広げながら吹っ飛び、うしろにいた二人を巻きこんだ。

 ホクロのカズと、色の黒いガンと一緒に、考が転がった。


 三人が転がり終えるまえに、少年はまた仁王立ちにもどっていた。


 あおむけに倒れた考が、目を大きく広げ、震える手でゆっくりと胸を押さえた。
 
 かすれた咳をくりかえし、もう片方の手の平で顔を隠し、泣きはじめた。

 
 尻をずってホクロが後じさり、さっと立ちあがると、校舎棟へ逃げていった。

 トンガ人と出っ歯があわてて後を追っていく。


「う……う……」


 考が、大きな図体を小さく丸めた。

 そこにいるのは、いじめっ子のリーダーではなく、ただの十二才の子供だった。

 外のすべてをさえぎって泣きつづければ、嫌なことはすべて消える。そういう泣き方だ。
 江利にも経験がある、赤ん坊が眠る姿勢だった。

 

photo by Michael Gaida


 
 江利はいじめっ子たちがいなくなり、けんかの圧力が消えても動けずにいた。

 
 のっぽの子が少年に近よると、肩をたたいた。

「どうしたインチョー。機嫌でも悪いのか。それとも廊下をそんなにゆずりたくなかったのか」
 のっぽの子が笑った。

「別に。何でもない……ダイのことを階段から突き落とすなんて言うから、ちょっとだけ頭にきたんだ」

 
 インチョーと呼ばれた子は、ようやく姿勢をくずした。


「インチョーって呼ぶな。夏休みが終われば学期が変わるんだ」


「どうせ二学期もその次も、六年になったって学級委員にはインチョーが選ばれらあ。そうだ、六年のクラス委員長は、児童会長もやらされるかもな」ノッポの子が言った。

「ダイがやればいいじゃないか。ダイならみんなもっと静かになる。選挙で選ばれたら拒否できないなんて迷惑だ」

「コチコチのかたうんこみてえな石頭だな。でもまあ、そうか。自分で選べねえのは不公平だよな。親みてえなもんか。なんにしても今日は〔猫の頭〕みたいな日だな」

「そうだな、猫の頭だ」
 インチョーが口の端を持ちあげた。細い目が無くなる笑顔だった。



photo by Bessi



「おい、そこの女子!」ダイが言った。

 江利は身を固くした。


「いまのことだけどよ、だれに話してもかまわねえけどな。先に手をだしたのは六年あっちだぜ。見てたよな」

 
 江利は何度もうなずいた。

 
 インチョーが振り向いた。

 細い目の中の瞳は、黒いのになぜか海を思わせる深さで、江利は目の中まで見られているような気がし、息をつまらせた。


(違う。目じゃないわ)
 江利は思った。
(この人、私の目をとおして私の脳みそを見てる) 


「ダメだ。だれにも言うな。だれにもだ」
 インチョーが言った。


 江利はまた何度も首を縦に振った。

 ダイが楽しくてたまらないといった顔をした。


 インチョーが泣きつづける考にちかよった。


「おれは忘れる。ダイもだ。あそこの女の子もだれにも言わない。そっちと、そっちの仲間が忘れるかどうかは、そっちにまかせる」
 インチョーが一語一語、ていねいに言った。


「階段から落とされたらそんなもんじゃすまなかったぞ。よかったな」
 ダイが通り過ぎざま、考に言った。

 
 不思議なふたりは肩をならべたまま廊下を曲がり、見えなくなった。
 

 江利は教室に駆けもどった。突っ立っていたので、足が痺れて何度か転びかけた。

 心臓が激しくうっていたが、走ったせいではないそれを自分でもわかっていた。

 
 あの、インチョーと呼ばれた少年が、目に焼きついて離れなかった。



photo by Hans Braxmeier



不思議なふたり 5」につづく



目次「六年生のあゆみ」


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