「不思議なふたり 5」 『少年と怪物』

『少年と怪物』
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少年と怪物

四月

不思議なふたり 5



 あと二日で夏休みだったが、翌日から江利はインチョーを探してまわった。

 朝の会が始まる前。授業のあいだの休み時間。昼休み。掃除の時間、放課後。


photo by hike_feel_film



(インチョーのことをもっと知りたい)


 すこしでもインチョーの話がきこえると、江利の足は自然とそちらへむかった。


 
 六年のボスグループとインチョーのけんかは大ニュースになっていたので、その話でそこらじゅうがもちきりだった。

―おい、それ、ほんとかよ。

―さわらないでぶっ飛ばしたんだって。

―四人とも大怪我したんだよ。



 江利のクラスである四年一組でも話はどんどん大きくなっていった。

 江利はなぜか誇らしくなり、すこしふくらんできた胸を張った。



 もちろんインチョーとの約束があるので、江利は誰にも話していない。

 むしろ『わたしは見てたの!』と、口の中いっぱいにあふれそうになる言葉をおさえるのに苦労するくらいだった。


 だから、どこから話が広がったのかわからない。


 でも五年が六年のボスを泣かすという、天地がひっくり返るような話だ。

 
 新聞紙をかけた野グソを踏んづけても「おまえはうんこを踏んだ」とばかにされるのと一緒で、隠しようがないことだ。



「ねえ、それでインチョーってどういう人」

「どこに家があるの」

「どこで遊ぶの」

「だれと仲がいいの」


 聞いてまわるうちに、インチョーについてたくさんのことがわかってきた。


photo by Qogwarp



・五人組の仲良しグループであること(六人だと言う人もいた)。


・その五人は〔失われた世界〕という名前であること。
(これは小さな男の子のようで、あんまりかっこよくないと思った)


奥名山おうめいやまのどこかに、なんとかという名前の秘密基地をもっているらしいこと。


・奥名山だけでなく、網船磯あみふないそでもよく遊んでいること。


・インチョーは五年一組の学級委員長をしていて、児童会の副会長でもあること。
(全校集会で前にいたことを思いだした)


・ダイさんも五年一組であること(これは別にどうでもいい)。



・グループは網船にある無数の防空壕を探検しているらしいこと。



・去年の夏、かれらは行方不明になった男の子を防空壕から助けたこと。
(みんなの話題で、これが一番多かった)



・インチョーにはお父さんがいないこと。


photo by 永井淳



 武器を作ってるとか、幽霊を捕まえたとか、飛行機を持っているとか、グループの話には嘘が多かった。


 だが江利はほとんどすべてを信じた。


 インチョーの、あの深い目に見つめられ、インチョーが六年にしたことを目にすれば信じるに十分だった。


photo by Pexels


 
 夏休みに入り、それも飛ぶようにすぎ、

二学期が始まってからも江利は、初恋の熱にうかされるまま聞きまわり、とうとう欲しかった情報をつかまえた。


・インチョーは毎日、昼休みに図書室にいる。


 九月二十二日の昼休み、「よし」と、江利は甘酸っぱさに満ちた胸に震える手をあて、意を決して図書室へ行った。

photo by Michal Jarmoluk

 

 夢の中や、頭の中だとインチョーは優しく微笑みかけてくれる。

 手をつないでくれたり、なんでも思いのままだ。
 (それこそパパとママがするような、口にできないようなことまでしてくれる)
 

 しかし、いざインチョーと話すと思うと足が震えた。考えるだけで、叫びながら逃げてしまいそうになる。



 江利は隠れんぼをするように、図書室の入り口の、柱の影からそっと中をのぞいた。


 まず昼休みに、図書館などというクソ面白くもない場所に、本当にいたことが驚きだった。


 だいたい、給食後三十五分間の昼休みは、全員がいっぱいになった腹で、校庭へ飛び出す。


 学びは空になり、男の子も女の子も、サッカー、野球、三角ベースにドッチボール、タイヤ遊び、各種アスレチック、鬼ごっこ、影踏みなど、遊んで遊んで遊び尽くす。

 昼休みは放課後とならぶ最高の時間だ。

 

 インチョーは、たったひとりで図書室にいた。

 ほかに人影はなく、ひっそりしている。


 図書室はあまりに静かで、きっと一年中どころか、ここがいつか終わるまでこうなのだと江利は思った。



(図書室なんかでなにを?)



 世界をひっくり返すような科学実験、でなければ男の子たちに人気の『ドラゴンボール』とか『北斗の拳』みたいに、なにか強くなる秘密の練習とか、なんでもよかった。



 とにかくインチョーは特別で、やることも特別。そうでなければいけない。
 
 その秘密もあるはずで、それがどうしても知りたかった。

 

 窓際で椅子に座るインチョーは、江利にとって不思議すぎる姿だった。


 イジメっ子のボスを吹っ飛ばした姿とまったく正反対で、
昼のまぶしい日差しの中でページをめくる姿は、静かで、一枚の絵のようだった。

photo by Larisa Koshkina

 

 江利は何度も足を踏み出し、ひっこめた。

 まごつく内に予鈴が鳴り、結局この日は、話しかけることができなかった。




 それから江利は、毎日毎日、図書館をのぞいた。



 何度見ても同じだった。


 インチョーは図書室で本を読んでいた。毎日、毎日。

 

 十日ほど経って、あまりに変わらない姿に飽きてしまい、
江利は、インチョーがトイレに立ったすきに、素早く図書室に入ると、本をのぞいた。


(我ながら、かなり気持ち悪いと思ったが、どうしても気持ちをおさえられなかった)



『宇宙戦争』という本だった。

 絵がなくて漢字ばかりで、とても難しい。


photo by 偕成社

 

 頭がいいことはわかったが、はっきり言って毎日の昼休みを無駄にするほど、なにが面白いのだろうと思った。
 

『海底二万里』
『ルパンの大失敗』
『シャーロックホームズ バスカヴィル家の犬』
『果てしない物語』


 インチョーが読む本はどれも、なんというか、暗い人が読むもののように思えた。

 インチョーのけんかを見ていなかったら、イジメられっ子と思っただろう。



 江利は図書室インチョーを追いかけるのはやめた。

 見たいのは、ケンカインチョーなのだ。


 だが、

(インチョーともう一度話したい)

 その思いは、ますます強くなっていった。

 

 九ヶ月後の一九八九年三月三十一日が、一番強く思った日だった。

 

 朝、母親とけんかしたことが引き金になった。


(明日はなんとしても話そう。インチョーがよくいるという網船磯にいこう)



 江利は決めた。



 翌日、四月一日が江利の命日となった。



最後の会話 〜母と娘のありふれた物語〜」につづく


目次「六年生のあゆみ」


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