「不思議なふたり 3」『少年と怪物』

少年の画像 『少年と怪物』
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※表紙画像 photo by Terri Sharp

『少年と怪物』



「四月」



「不思議なふたり 3」


 江利は息苦しさに口をあけた。あたりの空気が固くなったようだった。

 いまにも少年は、鼻か腹を殴られそうだ。

 リーダー格の考という坊主頭が言った。

「あれか、おめえらがいなくなったチビを連れもどしたっつって新聞にのった奴らか? ちやほやされて、調子に乗ってんじゃねえぞ。どうせおめえらがどっかに閉じこめて、それで大人たちが騒いだんで怖くなってよ、洞窟でみつけましたなんて言ったんだろ? なあ? そうなんだろ」


photo by syu syu



「考ちゃん、それほんとかよ!」
 頬のホクロをかいていたカズが高い声で言った。

「あったりめえじゃねえか。こいつらがゆーかいはんなんだって。ぶってやがっけどな。ずりぃやつらだ。おれだったら素直に謝っけどな」


「さすが考ちゃん。男らしいな」ガンという色の黒い六年が言った。


「こいつらタマナシにはできねえよ」四人めの、ネズミを思わせる前歯で、襟足の長い六年が言った。


 四人が下品な笑い声をあげた。


「でも考ちゃん。なんでそんなこと知ってんの」ガンが言った。


 江利は、ガンのことをトンガ人みたいだと思った。
 テレビで見たことがあるが、トンガという国では太っているほうがモテるらしい。不思議な国だった。

「知ってるもんはとにかく知ってんだ。前からこいつ気に入らねえんだ」考が言った。


 なぜ少年が六年生たちに囲まれていたのか、江利はようやくわかった。いんねんなのだ。

 
 ブルドックみたいなほっぺたをした考というボスが、前からこの少年を狙っていたのだ。
 新聞に載ったという少年を泣かして、おれのほうがすげえと自慢したいのだ。

 
 ということは、少年が謝っても、絶対にそれだけでは終わらないはずだった。



なんだその目は! 生意気だぞ! びびってねえで早く謝れや!」考が唾を飛ばすほどの大声をだした。


 取り巻きの三人が、虫の足や羽をもぐときのような、きらきらした目でそれを見ている。


photo by Daniel Hourtoulle



「おー、泣かないぜ。なかなかじゃん」ホクロのカズがにやついた。

「おめえ、本ばっか読んでるよなあ」考が言った。

 前から狙っていたことがわかる言葉だった。


「よく全校集会で前にでてよ、アホくせえもん読んでるよなあ。クソったれ感想文のクソったれ発表だ! 鼻クソの賞をもらって、いい気になってんじゃねえぞ。あんなもん取ったってよ、なんにもならねえぞ。それに誰だってとれらあ。本なんか読んだって何にもなりゃしねえ。時間の無駄だ。クソ馬鹿だなおまえ」

 少年は変わらず、黙っていた。

 そのうしろの大きな子も、声こそ出しはしないが、笑いつづけていた。


おめえ、ぶっ殺すぞ! 黙ってねえでなんか言えや! おい、うしろのノッポ! 笑うのやめねえと階段から突き落とすぞ!
 考が恐ろしい声で怒鳴り、保健室の横の、幅の広い階段へアゴを突きだした。

 江利は胸に手をあてた。考の狂ったような目を見て、心臓が痛くなったからだ。

 
 ノッポと呼ばれた男の子は肩をすくめて(それだけで江利の心臓は跳ねあがった)窓から外を見るフリをしたものの、楽しそうな目は変わらなかった。

 
 江利は泣きたくなった。なぜこんなところに来てしまったのだろう。運が悪すぎる。たまたま今日は外で遊び気がしなくて、ちょっと散歩しようと思っただけなのに。

 逃げたいのに足がまったく言うことをきかなかった。
 長い廊下のはじからはじを見渡すが、どこにも先生はいない。
 とばっちりが恐ろしかった。このグループは女の子にも容赦しない。


 そうして、とうとう出っ歯の六年と目があってしまった。


「おい、そこのどブス! なに見てんだよ!」

 六年生四人の目が江利に集まった。


 足の骨を引っこ抜かれた気がして、江利はへたり込みそうになった。


「ご、ごめんなさい……ごめんなさい」 江利はさっと下をむいた。

(はじめから何も見ないふりをすればよかったわ! どうしよう! 次はわたしだ)

 足が震えだした。

 
 六年たちの目が少年にもどると、江利は安心したあまり、おしっこを漏らしそうになった。


「なまいきなもやし野郎! この廊下はおめえら五年が使うんじゃねえよ。どうしても通りたけりゃ金を払え。ここはおれの道だ。つーこうりょうがいるんだ」考が言った。


「そうだ、つーこうりょうだ」カズが言った。「千円だ」


「いや、ダメだ。こいつ俺に逆らってるからもっとだ。まず千円、調子に乗った分で二千。それと気に食わねえ分でもう二千。全部で五千だ」


 江利はぞっとした。殴られるよりもっとひどいことになっていく。


「それと今まで廊下を使った分だな。そうだな、三万でいいぞ。三万もってこい。持ってこなきゃどうなるかわかってるな」考が冷たい目をしながら、握りこぶしを見せた。



photo by Jasmin777

 
 少年はじっと姿勢を崩さなかった。普通であれば、その場で泣き伏してしまうか、逃げようとして捕まる。


 しかしいつまでたってもどちらの流れもやってこず、考の表情にとまどいが混じった。
 グループの表情も変わった。



 いじめっ子たちのその、見たこともない混乱した顔で、江利の頭に思いもしなかったことが浮かんだ。

(嘘でしょ……あの子、謝らない気なの)



 考が一瞬だけ、仲間たちの顔を見た。助けをもとめる目つきだった。

 とりまき三人が、じりっと下がった。


 喧嘩がはじまる。誰もが空気が変わったことを感じた。



 少年はやる気だったのだ。


 だから腰ぎんちゃくの三人が身をひいた。

 少年は黙って、考の目を見つめていた。


 子分のまえで、弱気な態度を見せてしまったことが、考の怒りに火をつけた。怒りは揺りもどした分、大きくなった。

 考が訳のわからない声をだしながら右拳を振りかぶった。

 顔でも頭でも、どこかにあたればいいというパンチだったが、体重が乗っていた。


 鎌のような曲線をえがいて、考の拳が少年の側頭部にあたった。

 
 
 石と石がぶつかるような、乾いた音が廊下に響いた。

 少年は微動だにしなかった。

 
 避けようとも、手をあげて防ごうともしなかった。

 
 ぶつかった瞬間、考の手首が嫌な角度に曲がった。

 
 殴った考こそが、うめいて、手首をおさえた。
 
 考の口元がゆがんだ。

 

 少年の細い目が、考をじっと見すえていた。

 頭を殴られても、ものともしないその少年から、江利は目を離すことができなかった。



不思議なふたり 4」につづく



目次「六年生のあゆみ」


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