※表紙画像 冴崎
少年と怪物
四月
不思議なふたり2
「おら、さっさとどけよ! 考ちゃんが言ってんだろ、邪魔なんだよ! てめえ何年だこら」
隣りの、ホクロが顔中に散らばる六年も言った。
赤いジャージの六年は、噛みつくまえの犬そっくりに、鼻にシワをよせている。
言われた少年は、廊下の真ん中で立ったままだった。
(はじを歩けばよかったのに。かわいそう、怖くて足が動かなくなっちゃったんだ)
江利は思った。
赤のラインが入った黒ジャージを着ている少年は、怒鳴りつけられてもじっと黙っていた。
小さいといっても江利より背は大きく、学年も上だ。
たしか五年生だ。顔に見覚えがあった。
ただ、イジメているほうの六年生たち、とくに先頭の子は中学生並みに大きい。
わたしも早く逃げようと、江利は後ずさりした。ぐずぐずしていると自分まで危なかった。
女の子はあまり殴られることはないが、ぐずぐずしているとトンボやカブトムシ、悪くするとムカデが髪にからまることになる。
「おい、なんだてめえの目は。ちっちゃくて、それでちゃんと見えてんのかよ。なあ和」
考ちゃんと呼ばれた坊主頭が、嫌らしい笑いを浮かべた。
「そうか、こんなに目が細えんじゃ、きっとおれたちがここにいるのもわかんねえんだな! おーい、見えてますか!」
和というホクロ顔が少年の耳元でがなると、少年の目の前で手をひらひらさせた。
全員が笑った。
この四人は、人の欠点を一瞬で見つける名人だった。
ただ、少年の目はたしかに細かった。それを細めているので、線のように見える。
「髪もぐっちゃぐちゃだな。おめえ、ちゃんと頭洗ってんのか? お、くせえ! くせえぞ!」
考が笑いながら鼻をつまんだ。
「おい、ゴミ頭! おめえ五年だよなあ?」
三人めの、体操服姿で肌がとても黒く、太った六年が言った。
「ああ? ガンよ、それってもしかあの調子にのってるやつらか」
考が言った。
江利は二階への階段の陰にすこしずつ隠れようとしていたが、不思議なことに気がついた。
いじめられっ子の友だちだ。その子は、この場にいるだれより背が高かった。
肩幅も広く、高校生のように背が高く、ジーパンとTシャツ姿で余計に大人っぽく見えた。
けんかしたら強そうだが、離れたところで壁に寄りかかっている。
そこまでは不思議ではない。
自分もやられたくないなら、黙って見ているのがいい。
妙なのは、そのノッポの子が笑っていることだった。
友だちがいじめられているのを、面白そうに見ている。
(あのひと、絶対殴られるわ。関係ないふりでしょうけど、絶対殴られる)
見ているこちらが落ち着かなくなる顔だった。
巻きこまれたくないなら、絶対に笑ってはいけない。
(もしかしてけんかするつもりなのかしら)江利は恐ろしくなった。
先生を呼びにいったほうがいいのかもしれない。
でも、けんかになるのは考えられないことだった。小学生にとって学年の差ひとつは、将軍と兵士ぐらい違う。口をきくのも許されない。
六年生からすれば五年生などアリンコだ。
(四年生であれば、吹けばどこかへ飛んでいくほこりだ)
江利は早鐘のようにうつ胸をおさえ、動けずにいた。職員室はこの廊下の先にあり、外から回らないといけない。
そこまで考えて、もうひとつ不思議なことに気がついた。
いじめられている少年が、あまりに動かないことだ。
泣きだしもしなければ、謝りもしない。
それどころか動きもしない。
じっと黙ったままのその少年から、なぜか江利は目が離せなくなった。
それはイジメっ子たちも、背の高い友だちもおなじようで、なぜか全員が、その少年を見ていた。
不思議な少年だった。
「不思議なふたり 3」へ続く
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