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三年ほどまえ、
三年ほどまえ、
東京だったと記憶しているが、
『人生を変えるきっかけ』というような演題で講演をした際のこと、
終わりに質問時間があった。
たくさん質問をいただくなかで、
20代前半くらいの男性からこのような質問をいただいた。
『人生を変えたいと思っているけれど、
いろいろな人の話を調べると、全員に不幸が起きている気がします。
不幸が起きて、そこから伸びる。
わたしは平々凡々と生きてきて、
そのような目に遭ったことがないので、
自分はとびぬける人にはなれないのではないでしょうか』
要約するとこのような形で、
わたしとしては非常にうなづけた。
たしかに傑出する人物には、
次々に災難が降りかかる傾向にある。
それも偉大であればあるほど、
ひどいという共通性も見える。
それは、偶然とはいえないほど高確率で、
質問者の男性が、必須条件と思ったのも無理はない。
わたしが偉人になるかどうかはまったく別として、
我が身におきかえても、
わたしに起きた心臓病や火事などは、
いまでは大した不幸ではないと思っているが、
人生が変わるきっかけといえば、きっかけ以外の何物でもなかった。
こたえは、
「そのとおり」といったところで、
返答に窮するが、
道はある。
成功者の自伝を多数読むと、それは見えてくる。
傑出する人物を生むには、
いくつか共通点があるのだ。
そのひとつが「目標の高さ」である。
どこを目指しているか、
これは、人の器を決める大きな要素で、
成功者はなぜか皆、目標が高い。
そうして目標を高く設定すると、
これが苦難につうじるのが、この世の面白いところだ。
たとえば掃除を例に挙げると、
50世帯の地域を清掃したいと目標に掲げるのと、
50万人都市をキレイにしたいと目標に掲げるのとでは、
アプローチがまるでちがってくる。
50世帯の地域であれば、
自分ひとりで、数日~1週間もあれば清掃できるかもしれない。
しかし50万人都市となると、
一人の能力では不足する。
まずたくさんの人の協力をあおがねばならない。
伝達のための書類を作ったり、
事務所を設置したり、
機材の手配や、計上の仕方など、
山のようにひもづいてくる。
おなじ仕事であっても規模がちがえば、
やることはまるで違うのだ。
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そして、当然ながらそれらひとつひとつで問題も起きる。
人と人の摩擦のような大問題まで起きる。
つまり目標を高くもつ、
それだけでさまざまな種類の難関がぶつかってくるのだ。
だからわたしはこうこたえた。
「安心してください。
目標を高くもつと、自然に苦難がやってきます」
自分でもうまいこと言えたと思ったが、
こうしていま文章でふりかえると、
説明が足りないうえ、
ちょっと合掌くさい。
のぼりゆく人生というようなものに魅力を感じる方は、
目標を高くもつことをおすすめしたい。
どこを見ているか、ただそれだけで、人生はまた変わる。
今日のひと言
『目標が苦難を呼び、苦難が成功を呼ぶ』
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