『偉大なる清掃員』

「偉大なる清掃員」

わたしは昔、さる大手のスポーツクラブで働いていた。

当時その会社は、ゲーム部門が花形で、スポーツ部門は二番手と言われていたが、

やはり一部上場企業であり、スポーツ部門であっても、システムも備品もよくそろっていた。

たとえば清掃については、専門の委託業者をいれ、トイレからお客様のエリアから、すべてを掃除させる。

社員が掃除をすることはなく、それがあたりまえだった。

ある日、着替え部屋で、Iさんという清掃スタッフと一緒になった。

60歳くらいの男性で、ビン底メガネに、天然パーマの方だ。

清潔感にちょっと難があり、よくいる清掃業の方だとわたしは思っていた。

そのIさんがおもむろに作業着をぬぐと、

その下から、ドラえもんがでかでかとプリントされたTシャツがでてきた。

サムライのような、ちょっと見ない形のドラえもんだったこともあり、

「ドラえもん、お好きなんですか」とわたしはきいた。

すると、

「いえ、書いてるんです」と、かえってきた。

「え?」

Iさんは「わたし、ドラえもんを書いてるんです」と嬉しそうに言った。

きけば『のび太の恐竜』から『太陽王伝説』まで映画の第1チームのチーフ、
(後日確認したが、ちゃんとクレジットに名前があった)

テレビ放映も長らく手がけられているという。

本当におどろいた。

Iさんのカバンからは、テレビ用のセル画などが大量にでてきた。

感心するばかりだった。

そのなかに、Iさんの御会社であるT社の社内報があった。

映画会社らしく、すべてが漫画で、

4コマ漫画で、Iさんが清掃をおこなっている様子まで描かれていた。

「集中していると、どうしてもカーッとなるので、
モップがけが、いい気晴らしなんです」などと、
Iさんのキャラの吹き出しに書いてあって、

モップをかけた水跡が、ドラえもんの顔になっていた。

だがわたしの目はそれよりも、

漫画の中のIさん、その背後をいきすぎる、
小さな、キツネのような顔をした

人物たちにむけられていた。

いうまでもなく、スポーツクラブの社員だ。

先生とおだてられれば自然と鼻が高くなるように、

一部上場企業である社員たちは、

清掃の委託業者を見下していた。

とうの本人たちは意識していないが、

Iさんはしっかりとそれを描いていたわけだ。

※ただ、おそらくIさんは意識的に描いたのではないと思う。

わたしは、いたく反省をした。

それからIさんと、顔をあわせるたびに立ち話するようになり、

ドラえもんのセル画やはがきを沢山もらったが、

いまでも大切に保管してある。

Iさんとの出会いで、清掃にたずさわる方々への視点が、

おおきく変わり、わたしは積極的に清掃スタッフへ挨拶するようになった。

世間のイメージどおりの方も、もちろんたくさんおられた。

しかし、少なからず傑物も混じっており、わたしは後日、冷や汗をかくことにもなる。

その話は、またの機会にするが、

人は、おもわぬところで人の目にさらされていること、

自分が意識せず、偏見の目をもっていたこと、

それらを、とても怖いとも感じた。

『天は人の上に人をつくらず、天は人の下に人をつくらず』とは福沢諭吉の言葉だが、
原文はもっともっと長い。
長いが、たいへん素晴らしい文章なので紹介したい。

『「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。
されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、
生まれながら貴賤きせん上下の差別なく、
万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物をり、
もって衣食住の用を達し、自由自在、
互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。
されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲とどろとの相違あるに似たるはなんぞや。
その次第はなはだ明らかなり。
実語教じつごきょう』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。
されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。
また世の中にむずかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。
そのむずかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という。
すべて心を用い、心配する仕事はむずかしくして、手足を用うる力役りきえきはやすし。
ゆえに医者、学者、政府の役人、または大なる商売をする町人、あまたの奉公人を召し使う大百姓などは、身分重くして貴き者と言うべし。
身分重くして貴ければおのずからその家も富んで、下々しもじもの者より見れば及ぶべからざるようなれども、そのもとを尋ぬればただその人に学問の力あるとなきとによりてその相違もできたるのみにて、天より定めたる約束にあらず。
ことわざにいわく、「天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与うるものなり」と。
されば前にも言えるとおり、人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。
ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人げにんとなるなり』(※以下略)

本だけでなく、物事からもよく学び、

下人にならぬよう、よくよくつとめたい。
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