「弓事件」『少年と怪物』

『少年と怪物』
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少年と怪物

四月

弓事件

「インチョー、今日このあとどうすんの」ひろった枝を振りながらマウスが言った。

「マウスはもちろんサメ探しにいきたいんだろ」インチョーは言った。

「サメじゃなくて海ヘビな」

 ダイが笑いながら口をはさんだ。ダイは休み中にまた背が伸びていて、見上げる高さだった。とっくに百七十センチをこえている。

 長治とハカセも笑ったので、マウスが口をとがらせた。

「いや、ほんとに見たんだってば。何回もみんなに話しただろ? 廃穴はいあなにすっごいてっぱつな、赤と黒の、それこそクジラぐらいでっかいのが泳いでたんだってばさ」

photo by adriankirby

「そんなでけえのがいたら、廃穴が埋まっちまうよ」

「まあ、泳いでたっていうか、潜ってた感じなんだけど。水面がさ、ぐわんぐわん揺れててさ……みんなを呼ぶ前に見えなくなっちゃったけど」マウスがくやしそうに言った。

「赤と黒の色のクジラなんて世界のどこにもいないよ」

 ハカセが言った。ハカセはいつものように黒い表紙の本を脇に抱えていた。金の字で『ポケット百科』と書いてある。

「そうだよ」長治が言った。「クジラなら背中が青で、お腹が白だよ」長治が黄色帽子を脱いだ。頭に食いこんだ跡が残っていた。今日くらいでも暑いようで、長治は汗をかき、髪もしんなりしていた。

「だからクジラじゃなくて、ヘビっぽかったんだってばさ。クジラみたいって言っただけだよ……ええと、こういうのなんて言ったっけ?」

比喩」インチョーとハカセの声がそろった。

「そうそれ! ひゆ! とにかくあいつが五年生の女の子を食べたにちがいないんだ。だれかが捕まえないとまた食われるよ」マウスが言った。

「でも校長が言ってたじゃねえかよ。でけえサメだって」とダイ。「それなら、オレたちは丈夫な釣り竿を作るか、鉄のあみを作るとかなんじゃねえの」

photo by Sarah Richter

 なんだかんだ茶化ちゃかしながらも、メンバーはどうやれば、サメだかウミヘビだかを捕まえられるか、話しあった。

 インチョーは、相原江利あいはらえりの名前が出るたびに表情をくもらせた。

 あの子は、五人とも顔を知っていたし、挨拶くらいしたこともある。とくに自分のまわりによくいたように思う。あの子が死んだと、まだ実感できなかった。 

「まあ、やりようがないわけじゃないよ」

 ハカセがひとさし指で、メガネをおしあげた。

「かなり準備がいるけど。でもそれやると、海に行くのと合わせて、また先生に大目玉をくらうと思う」

「もしかして弓事件のときみたいに?」長治が不安そうにきいた。

「うん、そう。それよりひどくなるかも」とハカセ。

 四年生の秋のことだ。

 メンバーは、丈夫なつるや枝、自転車のチューブ、布、そのほか色々と集めて、手製の弓を作ったことがあった。

photo by Kris

 かたくてしなる枝をナイフでそいで、なめらかで、細い板のようなものを作る。それをいくつも張りあわせて、ひとつにしっかりとくくる。そして弓のつるとして両端にチューブを張る。

 チューブは、あまり伸びるものはダメで、耐久力のあるものが良かった。弓のにぎりにはビニールテープを巻いて、さらに布を巻いた。

 はじめは、弓が折れたり、矢がまったく飛ばなかった。けれど熱心に改良を重ねるうちに、だんだんと距離がのびて、弓らしくなっていった。

 意外にも、矢のほうがむずかしかった。

 わずかな反りがあるだけで、空気抵抗によって五メートルさきの的でさえ、おおきく外してしまうのだ。

 それに、おなじ矢でなんども練習すれば、曲がり具合にもなれてくるけれど、無くすことも多い。矢はどれほど注意して作っても、一本一本かたちがちがった。

 奥名山おうめいやまに生えている色々な木でためしたが、自然の枝ではムリだった。

 まっすぐの矢を作るため、ロビンソン・クルーソーが船を削りだしたように、太い木の真ん中を使ったらどうだとインチョーは言ったが、これもむりだった。

 解決したのはやはりハカセだ。

 ハカセは「プラスチックか、鉄のほそいパイプをななめに切り落としたものはどうかな」と提案した。しかし鉄パイプは、どれほど細くても加工するにはかたすぎた。

 結局メンバーは、畑から拝借はいしゃくした(どこの畑にも、鳥よけや獣よけのネットを張る支柱にするためのパイプがたくさんあった)。

 おあつらえむきに、畑の柵に使うプラスチックのパイプは、地面にさしやすくするために、片側の先端を断ち落としてあるものばかりだった。

 矢が完成すると、メンバーは海岸に捨ててあった、汚い布団を秘密基地に運びこんで、一本の木にたてかけた。

 布団に丸をかいた紙をはって、一列にならぶと、さっそく試しうちをした。

 手製の弓は、おどろくほどの威力だった。

 矢は、紙どころか布団をたやすく貫通して、うしろの木に刺さった。 

ビシュッ! という、かっこうよすぎる音と共に、矢が布団をつらぬくと全員で大興奮し、うおおおー! と大声をあげた。

 シュバッ! スバッ! と、全員が弓に夢中になった。

「あぶないから、てもちの矢を全員がうちおわったら、矢をとりにいこう」と、インチョーはみんなに言った。

 そして事件はおこった。

 全部うちつくしては、回収すると、そのように何回も流れるうちに、大はしゃぎしていたマウスがまちきれず、矢をとりにいってしまったのだ。

 そのときうっていたのは、長治だ。

 ささった矢をとろうと布団の前にマウスがひょいと飛びでた。そこへ長治の放った矢が飛んだ。矢はマウスの腹に、深々と刺さった。

 一瞬にして、全員の時が止まったようだった。

「やったぜ! すんげえ!」マウスが、ケロッとして、飛び跳ねた。「見ろよ! これ! これ!」マウスが上着をめくった。

 幸運にも、矢は腹をかすめて服に穴をあけただけだった。

「ばかやろ! てめえびびらすんじゃねえ!」とダイが怒鳴ったが、ついでみんな安心のあまり、笑いあった。

「あやうく病院送りか、悪くすれば死ぬところだ」ハカセがそう言ったとき、インチョーは、手にした弓が重くなったのを覚えている。

 これだけならば、事件にはならなかっただろう。

 次の日、マウスが得意の《大変! 大変話!》をかました。

 朝、マウスは教室につくなり、教卓きょうたくに飛びのって(それもごていねいに穴の空いた服を着て)クラスのみんなに武勇伝を披露ひろうした。

 とうぜん、メンバー全員の保護者が学校に呼ばれた。

 そこからは思い出したくもない。

 ハンモックや秘密基地には、それからも改良が加わったが、弓は改良を加えられなかった。そう言えばいいだろう。

 あの弓事件より怒られそうとは、ハカセはいったい何を作ろうと思っているのか。

 インチョーは聞くのがすこし怖くもあったが、興味をそそられた。

茶ん 〜へんくつじいさん〜」へつづく

・目次「六年生のあゆみ


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