少年と怪物
四月
小学校7 〜マウスの名推理〜
入学式が終わり、教室にもどる途中の渡り廊下で、みんなが声をあげた。
廊下も外の地面も、桜の花びらで埋め尽くされ、ところどころで山になっている。
どの桜の木も丸裸になっていた。
始業式のわずかな時間のあいだに散っていたので、みんな狐につままれた気分だった。
(たしかに風はすごく強かったけど・・・)
ここまで落ちきることなどあるのだろうか。
不気味な何かを感じ、インチョーはじっと桜を《見》た。
降り積もった雪のような花びらを、みんなが歓声をあげながら蹴散らしはじめる。
ピンク色よりほのかに赤く、児童たちが踏むと赤い汁が散った。
「教室にもどって」
インチョーは号令をかけた。
―あー、明日からやっと給食だ。
―最初の給食って、すげー豪華なんだよな。
―違うよ、すげーのは終業式の日だけだって。
―また勉強かー、だりぃー。
桜の不思議な散り方など、みんなはすぐに忘れたようだった。
頭の後ろで手を組んだマウスが隣にきた。
「校長もバカだよね。サメじゃなくて大海蛇なのにさ。だけどどうすんの? これじゃ死体を探しに行けないし、海に行ってるのバレたらめちゃくちゃ怒られる」
「……校長先生の話、おかしなとこあったな」
インチョーは前を向いたまま言った。
「今日のズラのズレは右側で、こっちのおでこだけデカかったこと?」
マウスが光っているという風に、頭の上で手の平をひらひらさせた。
「いや、それはいつもだ。そうじゃなくて、廃穴は広くて深い。たしかにサメがいてもおかしくない。だけど海からかなり離れてる。どうやっていつも水がいっぱいになってるのか、前から不思議だったんだ」
「夜のうちに潮が満ちて溜まるんでしょ。それか、みんなが言うように穴の底で海につながってんじゃない? それならサメもこれるもん」
「俺たち幼稚園のころから廃穴で遊んでるだろ? でもサメなんて一回も見たことない。あんなとこにサメが迷いこむか?」
「たしかにサメがいるのってもっとずっと沖だね」
「それにまだ四月だ。海は死ねるくらい冷たい。どんなバカだって泳ごうなんて思わない。相原江里が廃穴で泳ぐなんて、おかしすぎる」
「たしかにね・・・あ、ぼくわかっちゃった!」
「なにが」
「生首にしたうえに輪切りにしたやつ! 相原江里はやっぱり海で泳いでない。だからやったのはサメじゃない。やっぱり陸で襲われたんだよ」
「何に。人間か」
「やっぱり大海蛇! 大海蛇なら陸に上がれる!」
マウスが、謎は解けた! と言って人差し指と親指のVをアゴにあてた。
インチョーはため息をついて、首を横に振った。
あとでハカセと話そう。
「あ、もうひとつすごく変なことがあるんだ。インチョー、気づいてる?」
マウスがにやりとした。
「なんだろう、わからない。今度はアマゾンの電気ウナギでも捕まえたのか」
インチョーはそっけなく言った。
「インチョーが今日はすごくよく話すんだよ。いつも地蔵みたいなのにね」
インチョーはぶすっとして口をむすんだ。
興奮していたのかもしれない。
自分が嫌になった。
インチョーは今日、授業が終わったらさっそく図書室へ行こうと考えていた。
春休みの間中、待ち遠しかった。
狙いは『ハツカネズミと人間』という本だ。
題名が面白そうだし、ノーベル文学賞をもらった人が書いたらしい。なら絶対に面白いに違いない。
しかし校長の話で、別な場所へ行かねばならなくなった。
茶ん爺に会いに行かねば。
「異変1 〜 動かぬマット 〜」に続く
・目次 「六年生のあゆみ」