少年と怪物
四月
インチョーという名の少年3 〜苛烈な一年へ〜
【三十分後 プール下 インチョー】
展望岩の登り口に〔失われた世界〕の残りのメンバー三人が集まっていた。
のっぽで運動神経抜群のダイ。
クラスのみんなはもとより、先生たちからも天才と呼ばれているメガネのハカセ。
太っちょだけど、力ならダイにも勝つ長治。
インチョーとマウスが合流すると、五人は笑いながら円になって右の拳を握った。
その拳で、三角形を描くように自分の胸を三度たたき、掛け声と共に円の中心で拳をあわせた。
マウスの話のとおり、廃穴は黄色のテープで仕切られていた。
警察官がわんさといて、近づけない。
「とりあえず上から見てみよう」
ハカセが言い、五人で展望岩にのぼった。
「廃穴の水が死体の血でおせんされて真っ赤で、口に入ったらなめくじの化け物になるんだよ」
登りながらマウスがそう言って手をぐにゃぐにゃ動かしたが、廃穴はいつもと変わらず青く、深かった。
そのかわり、廃穴のまわりは本当に血まみれだった。
「すげえ、安おじさんが言ったとおりだ。赤じゃなくて、どこまでも真っ黒だ」
マウスが感動したように言った。
展望岩の頂上から磯を見渡すと、鹿尾菜狩りの終わったむきだしの岩だらけのそこに、六十人ほどの警察官が散らばっていた。
また、その二倍近い大人たちが手伝っている。
「こんなのはじめてだな。かけねなしの大騒ぎってやつだ」ダイが頭の上で両手を組んで、口笛を吹いた。
メンバーは展望岩を降りると、警察や大人に怒られないよう、大人たちと距離をとりながら死体の残りを探した。
日が暮れると、いったん解散した。
「明日は朝早くから集まろう」インチョーは言った。
「他の犬がくわえていったかもしれないね」
翌朝、開口一番でハカセが言い、磯だけでなく、範囲を広げて公園や神社も探すことになった。
三日たったが収穫は「沖に大海蛇がいた!」とマウスが言ったことくらい。つまりゼロだ。
「今はおめえの大変話はいらねえよ。死体の方が先だろ」ダイが言った。
そうだそうだとみんながくさした。
「ほんとだって! お腹に赤ちゃんがいた! 長い体の真ん中が丸かったもの!」
マウスは、絶対にいたとしつこく言い張った。
「理科で習ったけど、蛇って爬虫類だから卵じゃなかったっけ」
長治がおやつに持参したチョコレートドーナツを食べながら言った。
「じゃあぼくがみたのはお腹じゃなくて頭だったのかも。とにかくものすごく大きかったんだ」
マウスが言うことを信じるならば、大海蛇は優に十メートルを超えていた。
「アホくさ。おめえの目ん玉がどう見えてんのか、いっぺん貸してみろよ」
ダイが近くの枝を折りとってマウスに投げ、マウスが素早くしゃがんでかわした。
「マウスの言うことがぜんぶ本当なら、ナウシカとかパラレル西遊記とか、とにかく手当たり次第ぜんぶ集めたとんでもない世界になるよね」長治が小馬鹿にした。
「ぜんぶ本当だぞ、この肉爆弾!」マウスが言い返した。
「なんだと! 嘘つき出っ歯!」長治が血相を変えた。
「まあ、海蛇は卵胎生だからおかしくはないけどね。でもそんな大きな生物、日本の近海にいないよ」と、いつものようにハカセが冷静に締めくくった。
夏祭りを越えるほどの騒ぎだったが、四日過ぎても、遺体の残りは見つからずじまいだった。
田舎町を仰天させた女子児童の変死―死体損壊のニュースは、テレビ局の顔を二日飾った。
しかし、飽きっぽい視聴者の要望とそれに応えるテレビ局によって、報道は『美空ひばりが病床から今月中頃にも復活。不死鳥コンサート』、『ソ連、アフガニスタン侵攻。見通しは暗い』という二つに塗りつぶされた。
五日が過ぎると、警察も大人たちも、殺人ではなく事故だったのではと話すようになった。
ちょうどその日、千葉県の外房―鴨川市に住む医師が、妻と十二歳になる長女、八歳の次女、同居の母の家族四人を深夜、メスで殺し、自殺するという一家無理心中のニュースが世間を騒がせた。
その医者は、行方不明になった少女相原江利の、切断された頭部と右腕の検死にあたった人物だったが、関連に気づくものはなかった。
警察による相原江利の捜査は続行されたが、はやくも縮小しつつあった。
春休みが終わると、メンバーは晴れて六年生に進級し、新学期がはじまった。
苛烈な一年へと、かれらは踏みだした。
「新学期 〜うまい井戸水〜」へつづく
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