※表紙画像 Petra Ohmer
『守株』(※注1)という故事成語(※注2)がある。
(※注1 または「守株待兎」、「もりかぶ」と呼ぶこともある)
(※注2 故事成語 → 昔の出来事などから生まれた言葉。おもに中国から)
『守株』は、春秋戦国時代の思想をまとめた『韓非子』に出てくる。
・春秋戦国時代(※ウィキペディア)
・韓非子(※ウィキペディア)
【守株】
「昔、宋の国に、たいへん働き者の農夫がいた。
出典 『守株』 韓非子
かれの畑の端に、切り株があった。
ある日、狐に追いかけられた兎が走ってきて、切り株に頭をぶつけて死んでしまった。
農夫は労せずしてその肉を得て、喜んだ。
その日から農夫は、切り株のまえでじっと待つようになった。
ウサギが捕れることは二度となく、畑は荒れ果てた。
農夫は国中の笑いものになった」
『守株』とは、このような話だ。
韓非が儒家を強烈に批判した際、『守株』を例え話にもちいたと伝わっている。
すこし難しいが、そのときの批判が下記のものだ。
『聖人は修古を期せず、
出典 『韓非子』
常行に法らず。
世之事を論じ、
因りて之が備へを為す。
今先王之政を以て、
当世之民を治めんと欲するは
皆株を守るの類なり』
【訳】
「聖人は、昔からおこなわれたことをくりかえさない。
昔から行われてきた習慣に、したがおうとはしない。
現在の世の実情を論じて、
その備えをするものだ。
今の世に、昔の王たちの行った政治の方法によって、
現代の人民を治めようと願うのは、
株を守る話と同じことだ」
戦国春秋時代といえば、2700~2200年の昔だが、
いつの時代も人は「前例無きものを敬遠するもの」らしい。
(つまり「前例や習慣の中ですべてをおさめようとするもの」らしい)
「昔の偉人が言ったのだから偉大な教えだ。それに従おう」というやり方である。
韓非はそこを「今を生きるのだから、今にあったやり方でやらねば」と諌めた。
『守株』は、いろいろな受け取り方ができる。
「そうだな。当世のやり方というものを考えねば」と思う人もいれば、
「いや、昔の人は頭が良かった。昔の教えはやはり素晴らしい」と言う人もいる。
人は実に様々な意見を持つ生き物だから、『守株』を知ったことによって、
極端な立場で「昔からのものはすべて古臭い」と言う人もいるだろう。
私自身は、経営者としてみるならば、
「古くても素晴らしいものは活かす。古くて時代にそぐわなければ新しく作る」
そう活かそうと思う。
経営は、「たったいま、有効であるかどうか」に重きを置かねばならないと思うし、温故知新が好きというのがある。
一方、これが作家としてみた場合、
「書いたならば、その書き方を捨てる時。常に新しいものに挑戦」という姿勢を鉄則としているので、
古いものより、もっと未来に目が向いている。
日本文学全集、世界文学全集、あるいはノーベル文学賞作品を優先して読んでいるが、
それらに使われた既存の文章技法を真似する気は無く、
エッセンスとして体に残り、無意識に出てきてしまう分には、といった感じだ。
『守株』の活かし方は、人それぞれ異なる。
だが、政府や国、あるいは会社や組織、個人というものが、多かれ少なかれ、
株を守って大きな害を生じているのは、だれもが感じている通りだ。
話は大きく、恐ろしくなるが、
2021年現在、人類はコロナをきっかけに、また変わりつつある。
日本だけみても、各地での豪雨などの災害の他、
少子高齢化や、残業に対する法整備など、コロナ以外の要因もあった。
人類最大の試練が、地球の気候異常であることは私が言うまでもなく、
これから先、月日が過ぎるほど、
地球上のあらゆる場所で、
限度なく強大化する自然災害が、人類に降りかかるだろう。
どうすれば良いか、不安になるのが当然であるし、
どのような人間であっても、ひとりの力は小さいもので、
気候異常のような大きすぎる脅威に対しては、
わたしも含めてほとんどの人が、傍観者にならざるを得ない。
しかし忘れてならないのは、
人は、集まれば、奇跡のような、素晴らしい英知を発揮する、この地球上で唯一の生き物だという事実だ。
もうすこしだけ暗い予想を続ければ、
人は、尻に火がつかねば動かないものであるから、
おそらくは、取り返しがつかないほどのひどい事態になって(たとえば何億人も犠牲がでたり、
気候異常による食糧危機で、各国の間に戦争が起こるようになって)はじめて、
人類はその重い腰をあげるのだと予想している。
(予想が大外れであることを心から願う)
尻に火がつくということは、一か八かの勝負になってしまっているわけで、
一か八かの勝負は、経営や人生では九割以上負けに終わることがほとんどだが、
この人類の腰の重さばかりは、仕方ないと考えている。
まさに畑が荒れるのを見ず、兎を待つ農夫ということだが。
だが、その重い腰があがった時のために、私は『守株』について書いておかねばと思った。
広く知らせておきたいと考えた。
なぜなら、
人類の英知が作りだす解決策は、おそらくは当初、的外れに思えるものだろうし、馬鹿げたものにさえ思える可能性が大きいだろうと思ったからだ。
気候異常に対する方策が、経済活動に反することは疑いなくて、かなりの我慢と忍耐を必要とする事になる。
だからこそ、その新しい生き方を受け入れられるよう、解決の火種を消さぬよう、
微力ながら『守株』を書いておく必要があると思った。
現在を生きる人間すべてが「これからの新しい環境に対応し、新しい生き方ができるのか」という、
命運をわける課題と直面している。
生存と存続の、最大の問題となる固定観念は、
「生存環境よりも金銭の方が重要」という守株だ。
これについて、結論は明快で、
「生存よりも金銭が重要」などと、そんなことは決してない。
生存環境はこの地球が作っているもの、金銭は人間が作ったもの。どちらが重要かなど、言うまでもない。
無人島で百万円の束をいくつ抱えていようが、人は、綺麗な水の湧く泉が無ければ死ぬ。
ただ、現代は、我々の誰もが、溢れる情報に振り回され、
たとえば世界中のほんのわずかなスーパーリッチの生活を見せられ、
比較をやめることができない生き物だから、
自ら不幸と思い込んだり、何かが足りないという思いに悩まされている。
どの個人も、組織も国も、この「生存より金銭が重要」という固定観念から抜けだすことは、とても難しいことだ。
頭から拒否したいだろう。
かくいう私だって、どれくらいの大きさかは測れないが、そのような考えを持っている。
「豊かな人はたくさんいるのに、私はまだ全然足りていない。ましてこれ以上の我慢など」
みんながそう思うはずだ。
私は日本人であるから、これくらいの悩みで済むが、最たるすれ違いは、先進国と発展途上国だ。
(この区分けも非常に曖昧だ)
今まで豊かに暮らし、代償として環境を破壊し続け、今も破壊を続ける先進国、
豊かな暮らしに憧れ、追いつこうとしてきた発展途上国。
この立場の違いによって、意見が相入れることはない。
けれども、やはり守株になってはいけない。
「なぜだかわからないが、皆が豊かになるために行動しているから」という考えが、
もし全人類に共通したままならば、破滅するだけだ。
守株となった農夫の末路は、世間の笑いものだった。
笑い者ならばまだいい。
我らはその先で、他の多くの生き物を巻き込んで全滅するやもしれない。
時間はまだ少しあるように思える。
「小欲知足」、「良く生きる」、「個と公」、
語らねばならないことは山とあるが、
まず、他の生き物と地球と、この先も我ら人間がうまく付き合っていくため、自分たちが生き延びるため、新しい生活様式を恐れず、柔軟に受け入れていくこと。
そのために『守株』を紹介しておきたい。
決して、やけっぱちになってはいけない。
指をくわえて見ていてもいけない。
見て見ぬ振りや無関係に振る舞うこともいけない。
地球上で今を生きているのだし、この先の未来を受け渡す立場にあるのだから、
努力をし続けるべきだと思う。
人間というものは、たしかに目も当てられないひどい面が多いが、
一方で、心震わせる、素晴らしい面も持っている。
いきなり取り掛かるのはなんでも難しいことであるし、
まして気候異常に対して行動を起こすなど、まったく現実感が無いので、
日常の生活で見直せることからはじめる。
それが私たちにまずできることではないだろうか。
たとえば、人間の負の部分ばかりが映る光る板を見すぎず、
たとえば、人間の愚かさについて諦めるのをやめて、
「私なんかが何をやっても」と思うのもやめ、
共生共存を頭に留めながら、自分がしたいと思うことに日々努力する。
そうした人々が増えていけば、未来は決して暗くないだろうと思う。
最後に、蛇足だがこの『守株』、日本では「まちぼうけ」という歌になっているので紹介して終わりとする。
① 待ちぼうけ、待ちぼうけ
ある日せっせと、野良稼ぎ
そこに兎がとんで出て
ころりころげた 木のねっこ
② 待ちぼうけ、待ちぼうけ
しめた。これから寝て待とうか
待てば獲物が驅けてくる
兎ぶつかれ、木のねっこ
③ 待ちぼうけ、待ちぼうけ
昨日鍬取り、畑仕事
今日は頬づゑ、日向ぼこ
うまい切り株、木のねっこ
④ 待ちぼうけ、待ちぼうけ
今日は今日はで待ちぼうけ
明日は明日はで森のそと
兎待ち待ち、木のねっこ
⑤ 待ちぼうけ、待ちぼうけ
もとは涼しい黍(きび)畑
いまは荒野の箒草(ほうきぐさ)
寒い北風木のねっこ
※北原白秋/作詞 山田耕筰/作曲
今日のひと言
地球はあまりに多くの領域で危機に瀕しており、私が明るい展望を持つのは難しい。良からぬことが近づく兆しはあまりに鮮明で、しかもそんな兆しがあまりにも多い。もしも政府と社会がいますぐに核兵器を廃止し、気候変動がこれ以上悪化するのを食い止めなければ、大きな危機に陥ることが予想される。
スティーブン・ホーキング
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