※表紙画像 冴崎
「はじまり」
本カテゴリーでは、
人生の力強い友となる【書く力】、
これを身につける方法について書きすすめていくが、
やはり、自分のことから語るのが一番だと思うので、
たいへん恥ずかしいが、
序章として、まず自分について記したい。
作家になろうなどと、大それた夢をかかげたのは、27歳の時だった。
ひいきめに見ても、ずいぶん遅い立志だ。
小中高と作文で賞をもらったおぼえはなく、
国語が得意だったわけでもない。
運動が苦手だった反動で、
中学以降は、もっぱら格闘技に興味があり、
就職したのもスポーツクラブ。
父は船員、母は共働きの書店員。
わたしをふくめて家族全員が高学歴ではなく、
親戚まで見渡しても、医者や学者はいない。
およそ文学とは無縁の生い立ちである。
作家を志ざすまえ、
わたしは、体を壊して退職し、
住んでいたマンションを火事で焼けだされた。
この話は、また別の機会に語りたいが、
ありていに言って、瀬戸際だった。
なんの?
人生の。
あれだけ自信があった丈夫な体が、動かすことさえままならず、
仕事を辞めてから、毎日考える時間だけがあった。
だが頭に浮かぶのは、嫌なことばかり。
27才だというのに、
未来は暗闇だった。
何をしてもうまくいく気がしない。
自分なんか、世界のだれも相手にしてくれない。
そういう暗い思いばかりが頭を占めていた。
考えれば考えるほど、
下方スパイラルにおちいり、
一年も経ったころには、考えるのに疲れきってしまった。
そう、つまり自殺を考えるようになっていた。
そんな最中、火事にあい、
マンションの前の路上から燃え盛る部屋を見ていたとき、
ぷつりと、体の中で何かが切れる音がした。
嫌ではない。
苦しくもない。
働いてないし、何もしてないのだから。
もう、楽になりたい。
それだけを思った。
「お父さん、お母さん、こんなつまらない人間に関わってくれたみなさん、
悪いんだけれど、おれはもう無理だよ」
「なにが無理って、考えるのが無理なんだ」
「ほんの30秒、首をくくれば、明日からもう、何も考えずにすむ」
「この苦しみから解放される」
「もう楽になろう」
「もう、ここで終わりにしよう」
火を見ながら、わたしはそう思った。
不思議と心は落ち着いていた。
ただただ、考えることが苦しかった。
楽になりたかった。
けれども、そのとき胸の奥底で、
ちいさな、ほんとうにちいさな声がした。
「ぽっと火がともった」という表現が、ほんとうにぴったりくる感触だった。
どんな声だろうか。
「まだやれる」、「まだ頑張れる」、そんな前向きな声ではなかった。
「嫌だ」
胸の中の声は、そう言った。
「いまのおれは、小中高大のおれが描いてた28歳のおれじゃない」
「まだ何もしていないじゃないか」
「とりたてて不幸な家庭に生まれたわけでもない。むしろ素晴らしい家族に育ててもらった」
「学校も、友達も、先生も、そのすべてに不幸があったわけでもない」
「おい、この大馬鹿野郎。おまえ、かっこ悪いぞ」
「何不自由なく育ってきて、この豊かな日本で、28歳の若者が世を恨んで自殺するのか」
「おまえ、受けた恩をまだ何も返してないじゃないか」
「おい、おまえ。いま世界一かっこ悪い男だぞ」
その瞬間、
負のベクトルが、すべて逆方向をむいた。
「まだ死んでないぞ。まだ心臓が動いてるぞ」
「明日にも死ぬかもしれない。でもまだ死んでない」
「かっこ悪いまま死ぬのは嫌だ。絶対に嫌だ」
「恩を返せない情けない男のまま、死ぬのは絶対に嫌だ」
「どうせ死にかけてるんだ。これからの人生、やれるだけやってみよう」
「死ぬまでやってやろう」
そう決意した。
それからいろいろあった。
そして行き着いたのが「作家になる」という道だった。
金は無いけど、鉛筆とノートなら100均で計200円で買えたから。
人に恩返しできる、大きな力が手に入れられそうだったから。
よせばいいのに、わたしは「絶対に作家になる!」と公言した。
だから、バカにされたことは数知れない。
血がでるほど唇を噛んだこともある。
うまく書けるわけもなくて、
やっぱり才能の世界なんだと、絶望したこともある。
「ポエムってんの?」
「どこの大学? 良い大学の文学部じゃないとだめでしよ」
「文学の師匠につかないと。いるの?」
「国語の成績が良くないとね」
「頭がすごく良くないとね」
「ひと握りの天才の世界だよ。なれるわけがない」
「運動ばっかりのお前が、どうして作家になれると思うの」
毎日、毎日、わたしは机にかじりついた。
もはや、他人の目など関係ない世界だったが、やはりこうした言葉をもらった際は、自分が信じられなかった。
「おれはまたバカなことをしているんじゃ無いだろうか」
「残された命がわずかかもしれないのに、無駄なことに時間を使っているんじゃないか」
恨みはしないけれど、もし両親が高学歴だったら?
どちらか作家だったらおれも、などと、意味のないことも考えた。
「選ばれた人たちの世界だ」
「作家なんてなれるわけがない」
「おれには才能がない」
「夢なんかみてないで、普通に働けよ」
いろいろな考えに左右されながら、
わたしがやっていたことは、たったひとつだ。
書きつづけること。
そうして、書きはじめてから7年半後、一本の電話がきた。
「新潮社のものです。日本ファンタジーノベル大賞の最終選考に残っています。4作品の中から大賞と優秀賞がでます」
そうして優秀賞をいただいた。
それからさまざまな良いことが、人生に起こった。
どんな道でも一緖だと思う。
結局は、大人になって学んだ無数のことよりも、
小さいころから聞かされていた、
いくつかの簡単なことが真実だった。
「自分を信じること」
「けっしてあきらめないと、自分だけには約束すること」
「人よりも、もう一歩がんばること」
「いつはじめるにも、遅いなんてことはないこと」
「もし、本当にやりたいことができたなら、
たとえ一日に五分でもいい。
考えるより動くこと」
はじめないことには、はじまらない。
そして、はじめれば何かがはじまる。
長くなったが、
思ったことを言葉にできる能力、すなわち書く力は、
自分をおおいに助けてくれた。
なろうことなら、本カテゴリーを読んでいただき、
文章について書いていく中で、
だれかの力になれれば嬉しい。
もしもだれかがやりたいことを見つけられれば、そここそ望外の喜びである。
もしほんとうにやりたいことが見つかったならば、
自分の声にしたがい、勇気をもって一歩を踏み出してほしい。
なんでもない、田舎生まれの男が作家になれた。
わたしにもできたのだ。
あなたにもきっとできる。
今日のひと言
『文章が、人生を変えた』
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