『少年と怪物』
四月
寄り添えの木
【同日、正午前 インチョー&メンバー】
「あー、やっと終わった。もう昼になっちゃったよ」
メンバーでそろって校門を出ると、マウスが言った。
昼を知らせる『手のひらをたいように』が、町のスピーカーから割れた音で流れた。
メンバーの横を2年生の児童たちが、歌いながら飛び跳ねるようにして帰っていった。
―ねえ、午後なにして遊ぶ?
―メシ食ったら、かとちゃん家に集合な!
「ちょっと寄るでしょ?」
ハカセが全員に聞くように言った。インチョー以外の全員がうなずいた。
歩きながらマンガのこと、ゲームのこと、クラスのこと、メンバーはさまざまに話したが、
「だから『ジョーズ』みたいなサメじゃなくてさ―」と、マウスが大海蛇をむしかえすたび、
「席替え、よかったね」と、長治がちゃかした。
よりぞえの木についた。
「あー、めちゃんこ重いよ。教科書配りすぎだって」
体力の無いハカセが、ランドセルを地面にどさっとおろした。
メンバーも次々に年季の入ったランドセルをおろした。
インチョーはすこし離れた場所で、それを見ていた。正確には、木の根元を。
「いつ見てもバカでけえな」
ダイが、空を隠すように四方八方に枝を広げている巨大な木を見上げた。
木の下は厚い葉が日をさえぎっており、ぐっと暗い。風も冷たく、ぞくぞくとしてくるほどだった。
「カツラ科だと思うけど、こんなに大きいのはめずらしいよ」ハカセが太い幹をなでた。
「全部合体したんだ。キングスライムみたいに」とマウス。
「だからこんなに広い場所なのに一本だけなんだぞ。怪物の木だから、動物も食っちゃうんだ」
たしかにマウスの言うように、ホコリっぽい砂の空き地に、たった一本きりなのは不自然だった。
「カツラなら低山帯に生えるんだけど、植樹されたのは昭和の初めって聞いたよ」ハカセがあきれたように言った。「良い環境にきて、大きくなったんでしょ。まあ、こんなにねじくれてるのは、ホントにめずらしいと思うけど」
よりぞえの木は、地面から伸びたいくつもの手が、からみあっているようだった。
「ばっちり呪われてるからさ」マウスが、木にもたれかかって大汗をかきながら息をついている長治をおどかすように言った。「感じるだろ?」
「マウスやめて。休ませて」と長治。
「あちこち焦げて黒ずんでるの、変だと思ったことないか? ほら、木に登る時に足をかける縄も変だ。注連縄だぜ。絶対、なにかを封じ込めてるんだよ」
長治が、長年のご近所さんが殺人鬼だとわかったように、おびえたように木から離れた地べたに座った。
「インチョーもそれを知ってるから近寄らないんだ」マウスが言った。
「いや、おれは―」
インチョーは、だれにも―メンバーや母親にさえ話せていないあることを、いまこそ話そうと思った。
木の根元に埋められたもののことを。
「おれが知ってるだけでも、十以上の恐ろしい噂がある」マウスがさえぎった。
「おい、ぶっ壊れマイクがまたしゃべりだしたぞ」ダイがちゃかしたが、マウスお得意の大変話は止まらなかった。
「昔、人を何人も丸呑みにした大蛇が棲みついてて、大きな体を木に巻きつけてたからこんなねじくれた形になったって聞いたことあるだろ? あと、いじめられっ子たちが首を吊るのは必ずここなんだ。夜中の二時にくると、枝から何十と首吊りロープが下がっているのもその一つさ。これはみんな知らないだろうけど、根元を掘ると大きな穴があって、地獄に繋がる洞窟があるって噂もあるんだ。でも勇気をもってそこへ降りていけば、大昔に盗賊が埋めた宝があるんだ」
「それって全部、図工の佐藤先生が一年に一回は必ずする話じゃん。怖がって損した」
長治が小石をつかんで、マウスに投げた。
マウスが驚くほどの速さでよけた。
「よりぞえって、漢字だと、寄るに添えるって書くんだよね」
ハカセが手近の草を、愛用のポケット図鑑で調べながら言った。
「何からそんな名前をつけたんだろ」
「さとじい、元気かな」
インチョーが言うと、全員がインチョーをみた。
「白髪だらけでだいぶおじいちゃんに見えたけど、六十歳だから元気だと思うよ」ハカセが言った。「今は本町の方にある家で、花に水をやったり、庭木の手入れをしたりしているって、他の先生が話してたのを聞いたよ」
「よりぞえの木の焦げ跡は、米軍がやったってさとじい、言ってたよな」インチョーは言った。
「あ、それもぼく聞いた。でも火炎放射器で燃やされそうになるたびに、もんのすごい雨が降ったんでしょ。不思議だよね」長治が言った。
「三度、燃やされそうになったけど、三回とも大雨って話か。そりゃウソっぱちだろ」ダイが言った。
「いや、あれも本当さ」マウスが言った。
「なんでだよ」とダイ。
「話がリアルだったでしょ。滝のような雨になって、息をするのも苦しかったとか、何も見えなくなったとかさ」
「アホくさ。そんなの誰でも言える」ダイが言った。
「じゃあ三度目の正直の話は? 怒ったアメリカ兵が、ガソリンをぶっかけて火炎放射器を向けた瞬間、その兵隊に雷が落ちたんだぜ? 燃料タンクが爆発して、その場にいたアメリカ兵がぜんぶ死んだって話」マウスが言った。
「絶対ありえねえって。もしほんとならマジで呪われてる木だって信じるけどよ。偶然だ。たまたまってやつ。おれは絶対そういうの信じねえ。な、ハカセ」ダイが言った。
「うーん。でも、科学でもわからないことも世界にたくさんあるからね。さとじいは『木が怒ったのがわかった』って言ってたよね。何か感じたって。村人にひとりも死人がいなかったのに、アメリカ兵たちだけが死んだっていうのも、確率としては非常に低いと思う。それは記録が残ってたしね」
「ほーらみろ、ほーらみろ。科学の申し子だって認めるんだぞ。この木はマジでやばいんだって」マウスが言った。
「でもそれなら、日本人には呪いじゃなくて、守りの木ってことにならないか」インチョーは言った。
「え、それで注連縄なの? じゃあ神様の木じゃないか。なーんだ」長治が木のそばに座りなおした。
「御神木」インチョーとハカセの声が重なった。
インチョーだけは、よりぞえの木に近よらなかった。
木登りに最高の木、メンバー結成のきっかけとなった木、それよりもずっと前の、あの記憶。
深く考えずにやったあの深夜。あれは良いことだろうか、悪いことだろうか。
(いや、おれは、ひどく恨まれてると知ってる。だからこうして近寄らないようにしている)
「何にせよ、猫の頭だ」インチョーはつぶやいた。
「インチョー、なんか言ったか」ダイが言った。
インチョーは首を振った。
不思議な縁を感じる、よりぞえの木をじっと見続けた。
「寄り添えの木2 白と黄色と黒」に続く
・目次 「六年生のあゆみ」