少年と怪物
四月
異変1 〜 動かぬマット 〜
【入学式最中 駐車場 外吉】
「くそガキが! なめやがって!」
外吉は錆びたドラム缶を蹴りつけた。
本校舎の裏手にある職員専用の駐車場は、周囲より一段低く、人目につきにくい。
石が転がり、廃材が積みあげられ、膝まである雑草一面のここは、校舎に陽をさえぎられ、いつも暗い。
用務員室を別荘とすれば、外吉にとってここは別荘の庭だった。
体育館から、子どもたちの歌がきこえた。
面倒をかけるだけの、ケツの青いハナタレがまたわんさと増える、クソったれ入学式である。
偉そうな先公も入学式だ。誰にも見られるものかと、外吉はドラム缶を蹴りつづけた。
「この!」
「くそ!」
「いまいましい!」
肩で荒々しく息をつき、体育館をにらんだ。怒りはみじんもおさまらなかった。
今朝の出来事は気に入らない。全くもって外吉様のお気にめさなかった。
竹ぼうきなんかでなく、でかい金槌を額にめり込ませてやりたいほど生意気な小僧だった。
鳥の巣そっくりのもじゃもじゃ頭で、見えてるのか見えてないのかわからないほど目が細いあいつは、おとなしいネズミのはずだった。
それが近頃になって調子づいてきたので、ちょいと脅しつけてやるだけのつもりだった。
あいつは絶対に泣きべそをかいて、教室に駆けこむはずだったのだ。
だがネズミは成長していた。鋭い目つきをし、噛みついてこようとさえした。
インチョー。
あの大人ぶったツラを思いだすと、臓物が煮えくり返る。
外吉は竹ぼうきを引っつかんだ。
「まんこ売りから生まれたどぶガキが!」
竹ぼうきでドラム缶をぶっ叩いた。
駐車場に甲高い音が響いた。
「腐れチビのチンポやろう!」
何度も、何度も叩いた。先公どもに見つかろうが構いやしなかった。
蛇がいましたとでも言えば、訳知り顔でうなずく能ナシどもだ。
「あのクソデブも許さねえ。あいつがいなきゃ、お仕置きをかましてやれたんだからな」
デブにもきっちりおとしまえをつけてもらおうと、外吉は決めた。
しかし、あのデブはたやすい。なぜならデブだからだ。デブはカモだ。
それに、あいつくらいひどいデブともなれば、なにしろ動きはトロいし、おまけに頭もノロいと相場が決まっている。
『おい。人間様に混じってブタがいやがるぞ』とでも言ってやれば、泣いて逃げるだろう。
でかデブが地面を踏みならして、わあわあ泣きながら逃げていく姿が浮かび、外吉はほくそ笑んだ。
だが、すぐに笑みは消えた。
問題は父無しのガキをどうするか。
インチョーなどと呼ばれて、いい気になってる小便つゆをどう痛めつけてやるか。
「……なにか、うめぇ手がいるな」
外吉は落ち葉を掃きはじめた。
掃除をしていると、良い考えが浮かぶことがあるからだ。
だが今日ばかりは葉をいくら掃き散らしても、いっこう良い手が浮かんでこない。
「ええい、クソっ!」
校舎のそばに、分厚く、巨大なスポンジマットが三枚ほど積み捨てられている。
先ごろ、校長に片付けておけと言われたものだ。
持ちあげようとしたが、雨を吸いこんだせいか、上の一枚だけでも重くてビクともしない。
「なんだってこんなに重えんだ。テコでも動きゃしねえってか。まさか人でも入ってるわけじゃあるめえし」
力をこめようと、再びかがんだ時だった。
マットの上に両足が見えた。
驚いて顔をあげたが、誰もいない。
あたりを見回した。
青白かったが、男の子だったような。それに他にも何かいた。
「でけえ毛むくじゃらだったな……犬か?」
外吉は音高く舌をうった。
(だれもいるはずがねえ。クソったれ入学式だ)
外吉はいらつき、動かぬマットを蹴飛ばした。
「異変2 〜 虫 〜」へつづく
・目次 「六年生のあゆみ」