※表紙画像 photo by 冴崎
「さらば、友よ」
すこしまえ、執筆に使っていたパソコンが壊れた。
なにをしても電源が入らない。
この歳になって、まだこんなにうろたえることなどあるのだと、我ながら意外に思うほどショックだった。
作家を目指しはじめた無職のときに、言葉どおり、なけなしの金で最初に買ったパソコンだからだ。
デビュー前から雨の日も風の日も十年以上つきあってきた、かわいいやつだ。
「作家なんか、なれるはずがない。ちゃんと働けよ」
「28歳から作家を目指す? 冗談はやめてくれよ。もっと現実をみろよ」
「ひとにぎりの天才の世界だよ。普通になれよ」
「いい大学の文学部を出ないと。頭の悪いお前になれるはずがないよ」
「へえー、伸くんポエムっちゃってんの? なんか、かわいいねえ」
これらは私が実際に言われた言葉だ。
日本ファンタジーノベル大賞を受賞するまでは(優秀賞です)、同じようなことを耳が腐るほど言われた。
(いや、いまだって似たような事を言われている。だが何年も本の出てない作家などに、なんの弁解の余地があろうか?)
「作家になりたい」、「何かを残したい」
そんな前向きな気持ちだけでは、到底やってこれなかった。
「なにくそ。絶対に見返してやる!」
私だって人間だから、嫌な言葉をかけられればこうした気持ちも抱く。
(破滅に向かっていきそうな私を心配してくれているともわかりつつ)
夢を目指すなどと、とても言えないこうした気持ちもぜんぶひっくるめて、毎日、文章に叩きつけてきた。
あのパソコンに。
そうしてわたし達は7年半をかけて文学賞をもぎとった。
一緒に海外に行ったこともある。
さまざまな場所で一緒に物語をつくってきた。
パソコンは消耗品だ。わかっている。
だましだまし10年以上も使っていた。
しかたないとわかっている。
だが、そう思いながらも、真っ暗な画面のパソコンを見て、
「まだ一緒におまえと書きたいんだ。せめて100万部の物語が出るくらいまでは」
そう思った。
別に死んでも売れたいと思ってるわけじゃない。
売れたらそれはもちろん嬉しいけれど、ただ素晴らしい物語が作りたいだけだ。
「おい、相棒。おれたちいろいろあったけどさ、やればできたじゃないか」
そうやって華々しい結果をもたせてから、壊れてほしかった。
専門の方が見れば直るかもしれない。
でもそれを諦めて、上記の思いを押し殺して、こいつを休ませたいと思ったのは、
動いていたのが平成最後の日までで、令和初日に動かなくなったからだ。
不思議なものを書くのに、そうした事をあまり信じていない人間だが、「こいつらしい」と、なんだかこのときばかりはそう思ってしまった。
売ることもしない。廃棄もしない。
執筆デスクから見える位置において、新しいパソコンと共にまた書き続けるのを、見てもらう。
それが不甲斐ない今の自分にできる供養かなと思う。
まあ、しんみりする話は好きじゃないから、冗談でしめれば、
「おい、友よ。私の記念館ができたらそこに飾ってやるさ。そしたら本望だろう?」という感じだ。
本人以外、まったく共感の呼べない記事だが、ブログ復活の狼煙(のろし)として書き記したかった。
物だけでなく感情にも飽食する日本で、貴重な体験をさせてくれた無機物に感謝したい。
みなさんにもそのような品があることを心から願う。
付喪神になって、出てきてくれないかしら。
自分への今日のひと言
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